2009年6月18日 (木)

子供の学力低下とスポーツ

 本日、TSCサッカースクール会場へ向かう直前、NHKで今後放送される「子供たちの学力低下」で「10歳前後での学力低下が激しい」といった、内容の一部分が紹介されていました。

 2~3分しか見ていませんが、映像ではその対策として、学校内(教室内)での様々な取り組みが流れていました。その光景を見て少し残念でした。

 なぜスポーツ(大勢での遊び)という視点に気が向かないのかと・・・

 文科省は「ゆとり教育」の失敗から、「授業時間を増やす」特に「算数・理科」を強化すると言っています。間違いではありませんが、発想・やり方が極端だなぁ~と感じます。

 10歳前後の子供たちの特徴は「学力低下」そのものよりも、「からだと心の発育不足」が「学習意欲」に大きく起因しているのではと感じています。私たちの古き良き時代、頭の切れる子供は外でよく遊んでいて、なんでもできる子が多かったと思います。勉強ができるというより、一人の人間(子供)としてトータルな自信に充ち溢れていたような気がします。ゆえに、自宅でも子供界のリーダーとしての規範意識のようなものが芽生え「学習力(意欲)」につながっていたのだと思います。

 10歳前後、からだではどんどん伸びる機能があります。それは「神経系」です。

 自転車を小学校3~4年ぐらいで簡単に乗れてしまうように、子供たちがもっとも短期間で「できた!!」と感じる、人生でのラストチャンスなのです。ドイツの学者マイネルは「即座の習得」と銘打ったように、この年代の子供たちには、遊びによる多様な神経刺激(経験)が人間の基礎を育てるのです。その一番の教科書は「スポーツ」特に「複数人数による外での遊び」であると考えます。

 スポーツという刺激学習は、左右の身体機能だけではなく、「感情」や「瞬時に見分ける」など、脳全体を刺激し、神経回路をどんどん増やしていきます。教室内での勉強では、部分的な刺激はありますが、全脳刺激というわけにはいきません。

 「僕はなんでもやればできるんだなぁ」と自分を認めることが、学力低下対策の近道であり、食育や睡眠確保にもいい影響を与え、トータルな判断力が身に着く「賢い」頭脳を持つのではないでしょうか。また、大勢で遊び、他の友達に「認められた!!」という経験も有効です。親よりも、学習環境(学校)で共にいる先生や友達から認められることが重要です。

 反対に、このまま「トータルな自信や判断力はない」けれども「算数や理科などの勉強(記憶力)は得意」・・・このような子供たちが未来を任されて大丈夫か不安です。

 スポーツは現在のところ教育をつかさどる文科省内にあるのですが、やはり横の連携がないのでしょうか。スポーツ担当者はもう少し、教科体育にしばられない視点を持ち続けてほしいものです。

 そういう意味でも、特に少年期において、大会優勝を目指し、同じスポーツしかしていない現状もとても気になりますし、スポーツが多くの課題解決の象徴となるよう環境分析・行動計画していかねば!!とさらに決意させられた2~3分映像でした。

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2009年3月23日 (月)

ワールドベースボールクラシック(WBC)に思う

 この3日間、日本サッカー協会にてJFAマッチコミッショナー研修会、JFAスポーツマネジャーズサテライトインストラクター研修、本日は日本クラブユースサッカー連盟理事会・総会という盛沢山な日々となった。

 少しホテルでの時間があったので、テレビを見ると、ワールドベースボールクラシック(WBC)「日本vsアメリカ」が飛び込んできた。どうもこの試合に勝つと韓国と5試合目となる決勝を迎える様である。職場では野球に関心のない方まで、対戦形式に疑問を投げかける方が多かったが、その点はこれからもいろいろあって仕方がないと感じる。

 それよりも、マネジャー目線で見ると気になる点がある。

 まずは、アメリカ代表にジーターなどがいるにもかかわらず、スタンドが満席でないこと。不景気や月曜開催であることなどが考えられるが、どうしてだろうと感じる。確かにJリーグの方が代表戦より入ることもあるので、様々な要因が考えられそうだ。さらに、審判がアメリカ人であることにも国際大会レギュレーションとして考えにくい。どんなに公平なジャッジしても人間である。

 もう一つ、この機会に「東京オリンピック」を意識してほしい気もする。実は東京オリンピック開催は日本での単独ワールドカップサッカー開催のための必須でもある。さらに、日本のメダル数にこだわった視点でみるなら、野球、ソフトボールなどのベースボール種目の復活は重要である。公開競技という手法もあるのだろうが、それでも、野球施設に恵まれていることもあり、東京開催への「強み」にできるはずである。メディアや協会、スポンサーやオリンピック組織委員会が協力して、IOC会長らを疑念を持たれないように上手く招待し、観戦シーンなどの映像で世界にPRするチャンスがあるのではと感じた。

 しかもWBC開催にはきっとビジョンがあるはずである。この不景気にも関わらず、多くのスポンサーが支援するのだから視聴率という対価もさることながら、スポーツの意義にも貢献したいところ。「野球は世界に対して、誰のためにどうしたいのか」を表現する場であると考えるが、視聴率戦略として「侍ジャパンvs外人チーム」にスポットを当てたくなるメディアの思惑も理解できないわけではない。

 日本に限らないかもしれないが、野球界の弱みは、内・外部環境分析から世界をターゲットにした戦略を見出し、それを具現化するリーディング組織がないことである。「出場している他の国よりはいい」という見方がもあると思うが、この「弱み」を日本がリーダーとなり「機会」にすることで野球の普及、野球で世界を幸せにすることに努めてほしいと思う。そして、そうなればサッカー界も協力するべきではと感じる。

 出場選手にもそのマインドを理解してもらう中で行えば、選ばれることによる「誇り」も高まるり、プロスポーツ選手としての価値をさらに上げるのではないかと感じた。

 現在、日本ではプロ独立リーグが増えており、ここ富山でも富山サンダーバーズが活躍している。将来、リーグ別の組織が、それぞれの動きをするのではなく、共有ビジョンに向け一つにまとまることが先決問題かもしれない。独立リーグには、その使命も掲げてほしいと感じる。そして、日本から堂々と世界に発信することが、ゲームに勝つだけではない本当の意味での「サムライ戦略」ではなかろうか。

 現在アメリカチームがリードしているが、この勝利の先に何があるのか、選手やスタンドのお客さんの顔にはどうも見えない気がする。さらに韓国との決勝が5戦目となるとそこにはどんな価値が生まれるのか、見届けたいと思う。

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2009年3月12日 (木)

「知る」という事の責任・・・

 よく私のような教育と言われる業界にいると、「知識は無いよりあったほうが良い。役に立つ」という人が多い。そのとおりだと思う。

 でも知るとどうなるのか・・・

 私は学生時代、富山で違和感を感じていたスポーツと全く違う感覚に新鮮さを感じ、さらに「少年期の想い」がよみがえったような気持ち・共感に襲われ、「これは富山へ戻り、伝えなくては」という使命感で一杯になった。

 でも、この20年間、その使命は未だ達成できていないと感じる。高校~大学生にかけて後光をさすようなビジョンが見つかっても、ここ富山ではそんな簡単にはいかない。

 時々、そんな感覚が無ければ楽な人生だったのに・・・と思うときもあるが、諦めるわけには行かない。最近になって「知る」ということには、「人生をかけて伝えなくてはいけないこともあるんだなぁ」と思う。

 「一般的な学習」と「スポーツ」から得るものとの違いは、派生する「責任」だろうと思う。

 一般的な学習は自己が満足することで達成できるが、スポーツはそれでは知ったことにはならない。知れば伝える・広めるなどの責任がある。

 今日はここまで!

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2008年12月14日 (日)

スポーツで未来へのリーダーを!!

 ここ最近、政治・経済など困惑を極めている。その対応は、私のような一般市民から見ても場当たり対応に感じる。

サッカーなどのゲーム中でいうなら、下記のようなプレーを見ているようだ。

①「攻撃しながらディフェンスを整えられない」

②「ディフェンスしながら攻撃チャンスを見つけられない」「脅威と機会を楽しめていない」

③「困っている味方選手を鼓舞できない」「相手選手をリスペクトし、堂々と闘えない」

④「レフリーがいないと成り立たないゲームにおいて、レフリーにねぎらいの言葉をかけられない」

⑤「お客様を含め、このゲームは誰のためのゲームか?全体が見えないまま、自分の局面プレーだけで満足している」

⑥「この瞬間に必要な、中継者としてのアシストプレー判断が出来ない」

⑦「タイムリーなコミュニケーションが出来ない」

⑧「あうんの呼吸が出来るパートナーがなく孤立している」

⑨「思い切ったプレーができず、子供や若者に勇気、夢を与えられない」

⑩「負けた時、相手を讃えるなど、人間性を魅せられない」

⑪「自分の姿を正面からしか捉えられず、離見の見を意識できない」 などなど

 上記のようなプレーヤーはリーダーとして欠落しているだけでなく、個としても問題がある。そして、社会における上記の方々は「子供のころスポーツを体感してきたのであろうか」、また体感したとしても「スポーツを本当に理解できたか、またはそれらを理解させてくれるコーチ、仲間に出会ったのだろうか」と疑問に感じる。

 昔、スポーツは将来のリーダーを養成するため、遊びを通じてバランス感覚を磨き、マネジメント力をつけるという目的があった。しかし、日本におけるスポーツへの解釈、日常報道される内容、青少年を含む社会問題との関連性などに対し、有機的な「アシスト役」がいないように感じる。故にTSCミッションビジョンでは、その役目の一部を担いたいと願っている。

 今後、現リーダーと言われる大人、将来日本を支える若年層に「スポーツマンシップ」を今一度、履修してほしいと切に願う。アマチュアスポーツからプロスポーツまで身近にその環境が存在する世の中にしていきたい。

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2008年11月23日 (日)

カターレ富山おめでとう!そしてこれからが本番

 カターレ富山、またスポーツを愛する県民の皆様を含め、4位以内確定おめでとうございます。今後何事もなければ、昇格するものと思われます。また、最終節まで県民に夢を与え続けて欲しいと思います。

 スタジアムへ足を運び、支え続けていただいた県民の皆様、理解あるスポンサーの皆様、選手、スタッフ、運営会社、みなさんの努力の集大成ですね。正式に昇格すれば県外に行っても、「立山連峰」「ほたるいか」「白えび」「ます寿司」「薬」etc以外で「富山県民です」と胸を張って言いやすくなる方も多いと思います。お互いに感謝し合いましょう!

 3月16日のブログでも書かせていただいたとおり、JFLでの日々はマラソンで言うなら、大会エントリーに向けた「資格取得のためのトレーニング」という日々であったと思います。県民に見守られながらトライしてきた成果を、今度は皆さんのアイディアで富山らしく表現していきましょう。

 そしてJ2昇格がすべてではない(なかった)事もビジョン化・事業化し、他のスポーツとも共有の輪を広げ、富山という街を皆さんの力で「スポーツのある街」にしていくことが、Jリーグの存在意義では・・・と考えます。そのためには「この事業は誰のためにあるのか」さらに「チームからクラブへ」という視点が鍵を握るかもしれません。

 私達TSCもミッション・ビジョンに基づき、県内スポーツをさらに支えられるよう、初心に返り鋭意努力していかねばと再認識できました。そんな記念日に心より感謝いたします。

 

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2008年11月17日 (月)

カターレ富山ホームゲーム ~心のご招待~

 昨日はカターレ富山の大事なホームゲームでしたが、スポーツ観戦お出かけ支援募金事業による「いみず苑」の皆様をご招待しました。この事業の目的はTSC HPにあるとおりです。

 今回、車いす利用者が1名いらっしゃいました。悪天候でしたので、間違いなく雨がかからない場所を探すと、県総合では屋根の一番奥になります。

 そこまで、背負って運んだのですが、何とも言えない「心の充実感」でいっぱいになりました。体の不自由な方やお年寄りを「何往復してもいいから運んであげたい」という気持ちになりました。

 言葉では「良い事」と分かっていても、やってみないとその根幹に触れることはできないと実感しました。

 トイレ時も背負いましたが、「重くない?」と問いかけられ「全然大丈夫」と返答できる自分に、誇らしげな気持にもなりました。同時に、若い時に鍛えてきた体をこのような場面で活かせることに喜びを感じました。

 どんな人にも、入場料を支払ったら、~公平に楽しんでもらう~ スポーツ観戦サービスの鉄則かと思います。たとえ施設にその対応ができていなくても、「人の手と心」でなんとでもなるものです。

 スポーツ観戦を通じて、機器を利用したナビゲーションサービスも楽しかったですが、上記のような触れ合いに充実感でいっぱいでした。

 今回、私達は「いみず苑」様を招待したのですが、「心のご招待」を受けたのは、実は世間知らずな私の方でした。いみず苑の皆様ありがとうございました。

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2008年11月10日 (月)

大きな前進

 県民の期待を背負い、JFLで闘うカターレが今節アルテ高崎を相手に5-0で快勝しました。

 この勝ちは大きいと思います。勝ったことが大きいのではなく、5点取ったことが大きいですね。

 このままでは最後に得失点で痛い目にあうのでは・・・と感じていましたが、そのリスクから開放されたかもしれません。

 得失点差については、4位岡山とは6点差、5位鳥取とは3点差とすることができ、最終節までもつれ込んだ場合、勝ち点が並んでも今回の5-0の勝利が大きくプラスに作用する可能性があると思われます。

 心配な点をあげるとすれば、13節琉球戦では相手の方がシュート本数が4本多く、12節刈谷戦でもシュート本数では差がありませんでした。さらに、今回の高崎戦では、カターレ11本に対し、高崎17本と6本も相手の方が多く、シュートを打たせないディフェンスが求められるのかもしれません。

 もちろん、少ないシュート本数を着実に決め、攻め込まれながらも勝ちにつなげるところは、選手達の個々の能力、チーム力による部分もあると思いますが、他力に頼らない着実な勝ちによってJ2昇格を決め、観戦しているお客様と一緒に、来期に自信をつけてもらえるといいですね。

 高い位置からのファーストディフェンダーとしての頑張り、中盤のシュートに結び付けないリスクの低い賢いディフェンスが、最終ラインから見ても重要になると思います。そのためにもGK、DFラインからだけではなく、高い位置から全体が見えているFWも含め、早めの的確な指示(コミュニケーション)を90分間出し続けることが大切かもしれません。

 また、攻撃面においては、常に相手ゾーンで攻撃を続ける戦術(分厚い波状攻撃)、をキープすることで相手の攻撃時間を縮めながら、着実なシュートシーンにつなげる方法をとるのか、今までも特徴としてありがちだった、少ない人数での縦パス速攻ですすめるのか、などなど、残り3節は状況にあわせ、戦略を変えなくてはいけないこともありえます。

 リーグ戦だからこそ味わえる、様々な見所があると思いますので、是非応援に出かけましょう!!

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2008年10月15日 (水)

ワールドカップ予選日本代表・・・ボディコンタクト・バランス

 前半30分を過ぎたが、ファーストディフェンスに対する意識は高いものの、あまり良くないようである。

 どこが良くないのか・・・日本の選手は倒れすぎである。起き上がるか、残していれば決定的な展開につながる局面で、簡単に倒れる。よく見ると分かるが、プレーが思い通りにいってない時(ファーストタッチミスやパスミス後のコンタクト)に、倒れてファールをもらうシーンが多い。ボディコンタクトを受けた時、「いいパスをしていれば」「いい残しをしていれば」審判はアドバンテージをとる。そんなシーンが前半一度も無かったように見えた。ここがシュートシーンになりにくい原因である。

 古来、ボディコンタクト・バランスに自信がないのか、ボールスピードを高めるため芝をわざわざ濡らしたにもかかわらず、濡れた芝にバランスを崩すのは日本選手、ウズベキスタンの選手はきちっと動けていた。

 展開力では上の日本、ボディコンタクトで負けない姿勢が鍵となりそうだ。倒れれば展開が止まり、ウズベキスタンのペースになりやすい。失点したシーンでは内田が後から捕らえているにもかかわらず、ボディコンタクトすることすら出来なかった。

 そんなことを言っている間に今、同点!! 中村のパスの精度がずれたものの、大久保の身体を張ったプレーが呼んだ得点シーンである。

 今も実況が「ファールもらえず!!」と言っている。そんなプレーはW杯出場を目指す日本、ちなみにホームで闘う姿勢ではないと感じる。

 どんなことがあっても倒れなかった、かつての中田英の常に腰(プライド)の入ったプレー(姿勢)を思い出して欲しい。ハードアタック&柔軟な発想による生き生きとしたプレーを魅せて欲しい。

 後半、何回倒れるか・・・そんな視点で観ると楽しいかもしれません。。。

 がんばれ日本!!

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2008年10月 6日 (月)

がんばれ!カターレ富山

 昨日、カターレ富山ホームゲームにおいて、スポーツ観戦お出かけ支援募金による高岡愛育園様をご招待しました。さらに同時に富山セントラルライオンズクラブ様ご招待事業へのバックアップとして観戦ナビゲーションサービスを行いました。

 素晴らしいゲームに、天候も何とか崩れずもっていただき、関係各位に感謝いたします。

 さらに上位との直接対決で4位圏内へ突入できたカターレ富山よかったですね。ゲームでは下記のようにカターレの凄さを感じました。

・終盤に強い。相手のミスを着実についている。

・準加盟チーム(本当はクラブ)として気構えがJを目指していない他のチームと違う

・セットプレーに強い

・温かいハートフルなスタンドのお客様

一方、J昇格のため、残り7試合での改善視点としては・・・ 

・相手のミスプレーに助けられるのと、ミスを誘発させ得点につなげるとのは違う

 たとえばカターレの同点となる1点目。通常、前半終了間際にあの位置でファールをしてはいけない(鉄則)が、相手チームは背後から不要なファール。FKのこぼれ球をクリアーミス、絶好の位置にいたカターレ選手前に蹴ってしまい、ロスタイム失点となった。できれば、自分たちの意図あるプレッシャーからいいタイミングでボールを奪い、判断力を伴った展開から得点をするという、チームとして最も自信となる得点を重ねたいところ。

・流れを意図的に変えるグループ判断

 時間帯や状況によって、戦術にペース配分がない。これはスピードを落とせと言っているのではない。車で言えば、ギアが1速に入ったままになっている。流れを見てシフトを変えることで、常に円滑で効果的なドライビング、または省エネペースを維持することが可能となる。しかし、現在は点数を取り相手が消沈することで、ペースを作っている。ボクシングでいえば一発KOばかり意識するのではなく、ジワジワとペースをつかむことも重要。

 逆に言えば、前半、相手1点リード後、数分後に再び横河CKによるヘディングシュートがポストに当たり外れたが、それが内側に跳ね、2点目となっていたら、どのようにペースをシフトチェンジし、自陣のリズムに引き込むことができたか、現況では見通しが立たない感がある。

 もちろん、リーグ戦であり、得失点も意識し、がむしゃらに攻撃することも重要かもしれないが、残りの7試合をぜひ県民のためにも頑張ってもらいたいですね。

 みなさんで応援しましょう!! 

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2008年9月28日 (日)

中山前大臣辞任にみるスポーツの大切さ

 また、大臣が一人辞任した。

 スポーツで言えば、自民党というチームメイトの意見すら無視し、「自分のミス」でゲームに負けたあと、インタビューで「○○のせいで負けた。俺は悪くない、仕返ししてやる」と言ってるようなものだ。

 当選6回で文部科学大臣も歴任している。ということは教育・スポーツ分野担当大臣だったということだ。そのときなぜ「持論」を展開し、正式なルールに則って、真っ向から勝負しなかったのだろう。

 最近、首相や大臣に限らず、社長さんを含め、「マネジャー、リーダーの辞任」ニュースが多く、大人側から見れば、幕引きのないお笑い劇場空間化しつつあると感じる。当人の会見コメントが、皮肉にもより劇場を明るく照らしている。

 未来を託されている子供達はその様子をどう見ているのだろうと心配になるときがある。「身近に憧れの大人がいない」「大人になるとみっともない思いをする」「リーダーになると損をする」など将来に「夢」を感じるには程遠いマインドが染み付かないかと不安すら感じる。

 最近のマネジャーやリーダー、最高責任者という方々はきちんとスポーツを体得してきたのだろうかと感じる時がある。

 スポーツはヨーロッパから日本へ明治時代に輸入された文化である。古くからヨーロッパでは、貴族階級がリーダーシップを持って領土を統治し、市民生活を安定させるために必要な「判断・決断力」というマネジメントスキルを養成するためにスポーツが行われていた。

 そしてスポーツ=「遊び」というトレーニングの中でそのスキルは高まっていったのである。遊びをうまくマネジメントし、楽しむためには、

 ①相手という仲間がいる。②ルールを設定しなくてはいけない。③ジャッジをする人が必要。

 そしてそれらを「Respect(尊重)」した上で、運動+ゲームという遊びに興じるのである。そしてゲームに負けたら、相手を讃え、素直に負けを認め、うつむかず、次に備えることが出来る、それがスポーツマンシップである。(「スポーツマンシップを考える」広瀬一郎より)

 日本でも輸入時は貴族階級の遊びとして行われていたが、富国強兵時代を向かえ、このシステムを学校諸活動に取り込んでしまった。そして、戦争へ向けた一部兵隊養成(後に体育)へと流れていったのである。そういう意味では日本のスポーツはまだまだ戦後文化と言えるのかもしれない。

 加えて課外(学校や仕事帰り)を見ても、外で遊ぶことも少ない現在、今一度スポーツのあり方をビジョン化し、すぐにでも行動に移さないと、適切な判断力を伴ったマネジャーはセンター試験に向けた教育だけでは養成しにくいと感じる。

 冒頭の主役達は、本当の意味でのスポーツを体験できなかったのでは・・・とつい推察してしまう。「試合に勝った・負けた」それに付随する「思い出」を感じただけだったのかもしれない。そういう意味では責任能力がないとも思え、可哀相にすら感じる。

  実はサッカーのゲームにおいて、運動能力に差があまりない場合、選手・監督に一番大切なスキルは瞬間の判断力でしかないのである。それを楽しむ習慣があれば、165cmの選手が180cmの選手にヘディングで勝てる、また足が遅くても、タイミングの使い方で裏を取ることができ、速く見えるのである。

 自戒を含め、世の中の「辞任劇場」に終わりを迎えるためにも、判断力というバランス感覚豊かなマネジャー、リーダーをたくさん生み出さなくてはいけない。

 そのためにも夢をつかみやすく、活動の一歩を踏み出しやすい、スポーツでうまく育てることが今の日本の急務であり、実現可能な「スポーツクラブ」を創りあげる総合的なマネジメントが必要である。

 

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